Heart to love

 

出会いからして最悪だった。いや、正確に言えばそれ以前から。
VOLTSのリーダーだった雷帝・天野銀次が無限城から忽然と姿を消した。その理由があいつだったからだ。

美堂 蛮――――――

あいつが無限城に何しに来たかなんて知らない。ただ、俺ら四天王が駆けつけたときには既に銀次と戦闘状態に入っていた。雷帝化した銀次の発する雷と並はずれたスピードでぶつかり合う二人に近寄れず、遠目に見ただけでろくに顔も見てやしない。
突然姿を現した奴に関する情報は何もなかった。始めに奴と悶着を起こしたVOLTSの取り巻き、下っ端の連中の話から聞いた話では異常に握力が強いこと。それだけがその時、俺達が得た奴の情報。それを裏付ける様に辺りには顔を潰され血にまみれて地面に転がり苦痛にのたうち回っていた者が数名。
だが、それだけなら銀次にとっては脅威にならない。銀次の放つ高圧の雷に奴は近づくことさえ出来ないと思っていた。
しかし、無限城の外からやって来た人間にあれ程不安を掻き立てられたことはなかった。
無限城・下層階にいる俺達にとって恐れるものと言えば、中層階からやって来る人間離れした連中しかいなかった。それも銀次を頂点としたVOLTSが結成されてからは以前ほど頻繁にはやって来なくなっていた。
何も不安になることはなかった筈なのに。
一際大きな電撃で蒸発した一帯に駆けつけた時には、どちらが勝ったとも分からぬまま戦闘は終わっていた。
静まりかえった空気の中、抉られた地面の中心に一人で立つ銀次がいて、奴の姿は消えていた。

そしてまもなく、銀次の姿も消えた――――。

四天王の内、落ち着いていたのは花月だけ。いや、態度に出さなかっただけで花月だって混乱していたのかもしれない。目に見えて狼狽したのはMAKUBEXだった。
雷帝のいなくなったVOLTSは急速に力をなくしていく。
MAKUBEXは未来を不安視し、柾は姿を消し、花月も無限城から消え、俺がそこにいる理由もなくなった。
VOLTSは雷帝・天野銀次が居なくなっただけで機能しなくなり自然消滅した。
あの男が来なければ銀次は無限城を出ることはなかった。

そう、思っていた――――

 

「もー! どうしてすぐ喧嘩になるのさ。少しは仲良くできないの!?」
「うるせぇっ! こんな奴と仲良くなんざしていられるか!」
「それはこっちのセリフだぜ、美堂蛮!」
「てめぇ! フルネームで呼ぶの止せッて言ってんだろうがよっ! 猿マワシは頭も猿並で覚えられねぇってか!!」
「ばっ蛮ちゃん!」
「へっ! 気にすんな。ただの嫌がらせだからよ」
「し、士度も!!」
「っんだと! こらぁ」
「いい加減にしてよ二人とも!」
依然にらみ合い拳まで飛び出しかねない勢いの二人に、銀次の周りに微かに静電気が発生し始める。
いち早く感じとった波児がカウンター内をこそこそと移動し始めた。
「マスター、どこ行くんですか?」
「…………銀次の雷が届かないとこ。夏実ちゃんもこっちおいで」
客もなく、他に危険を知らせる対象を持たない二人は素早く安全確保の位置をとった。
同レベルで蛮と言い争っていた士度も察知したらしい。足がそろりと後退する。
「大体なぁ! 商売敵にはなるわ、人の仕事盗りやがるわ、毎度毎度邪魔ばっかりしやがって―――――って、どこ行きやがんだ! 猿マワシ! 人の話を聞け!!」
銀次に背を向けている頭に血が上った蛮だけが空気を読めず出遅れた。
なおも悪態を吐き掛けようとする蛮に士度が指を差して目で合図を送っている。
ここら辺は根っから仲が悪い訳ではない様子が伺える。
「…ん?」
なにやら自分の後ろを示している士度に蛮が振り返った。その隙に士度はドアから外へ。
「――――蛮ちゃん、幾ら俺でも限界だよ?」

銀次の片手にパチパチと雷が集中していく。
「! ま、待て。話せば分かるって……」
「話したって――、分かんないよ!」
「銀次!! やめろ、落ち着け! ぎっ…ええぇぇぇぇ―――…」
一気に放電された銀次の怒りに蛮の悲鳴が響き渡る。
ガラスのドアから漏れる神々しいまでの雷の一撃を背に、士度は悠々とHONKY TONKを後にした。

 

別に仲が悪い訳じゃない。むしろ、その逆で――――
元々冗談の通じない自分の性格の所為もあるが、これまで士度にはジャレて巫山戯あえる仲間というものがいなかった。
無限城にいた頃くっついて来たのは笑師くらいなもので、それもどちらかと言えば一緒に巫山戯ていた訳でもない。一方的に笑師が構って来ただけだ。
それも士度が無限城を出てから無くなった。守るべきものがあり残った笑師とは顔を合わせなくなった。
あの頃を考えれば、張りつめた毎日から脱した士度に巫山戯る余裕が出てきたのか、最近は蛮との遣り取りを楽しんでいる感すらあった。

 

獣たちを従えて無限城を出た士度を世の中が受け入れてくれる訳もなく、あちこち転々とした。
その内、奪還屋・Get Backersを受け継いだ銀次の噂を耳にする。しかも、その相棒が邪眼の男・美堂蛮。

それが無限城から雷帝を奪った男だと言うこともその時知った。
再開したのは阿久津邸。敵として銀次に何かするつもりは元からない。
しかし、VOLTSから、自分たちから雷帝を奪い去った美堂蛮は許せなかった。

阿久津邸の庭で交えた一戦で邪魔をするなら「殺す」と言った美堂。やろうと思えば、息の根を止める事は出来たのだ。
あの時、花月が来なければどうなっていたのか。宣告通り美堂に殺されていたのだろうか。
今思えば、結局獣たちを手をかける事なく当て身を食らわせただけだった美堂が自分を手に掛けたとも思えない。
――――今ならわかる。
あいつは簡単に命を奪うことを良しとしない。

なぜ美堂蛮に近付くのかと笑いを含んだ花月の言葉が頭の中に蘇る。自分は何故ハッキリと否定しなかったのか。
俺はあいつに惹かれているのか?
そんなはずはない。あの喫茶店に行くのはコーヒーを飲むためだ。それにもし目当ての人物がいるとするなら、それは銀次に決まっている。
――――あいつじゃない。

音羽邸に戻る道を辿りながら、自らの答を力づける様に士度は拳を握った。

仲介屋の仕事を断ってから数日後、再び呼び出された俺を待っていたのは無限城絡みの依頼。かつての仲間が関わっているとなれば断るつもりもない。それは銀次も花月も同じだった。
予想外だったのは潜入した早々毒煙を撒かれてちりぢりになった事だ。
お互いに不本意この上ない結果だが、俺は美堂と二人で行動する羽目になった。
散々喚きながら後をついてくる美堂を適当にあしらい―――それが奴には余計に勘に触ったらしいが―――、出来るだけ早くはぐれた仲間と合流すべく突き進む。
他に話す相手もない二人だけになった事で始めてまともに会話した。やっぱり一々頭にくる奴だった。一方で、バトルセンスには目を見張るものがあったのは認めざるを得ない。
気に食わないが問題はなかった。
ワイヤーで操られた雑魚どもを割って登場した不動が現れるまでは。
擬態で50人を越える人数を片づけながらアイツらの気配を探る中、サトリの不動相手に美堂はスマートとは言えないやり方で応戦していた。本当に卑怯だとか大人げないとかいう類の。――――美堂の言に寄れば隙を作る目的だったらしいが、俺に言わせれば、本性で人をバカにしているとしか思えなかった。
それでもサトリの前に負傷し膝を着いた美堂の右肩から腕に紅い血が伝う。
ヤツの肩から流れ出る赤い液体を見た瞬間、俺は「逃げろ」と叫んでいた。
俺の声が届かないはず無い距離で美堂は不動と向き合っている。聞こえない筈はない。
不動は更にレベルを上げて踏みだす。
「スリー・セコンド」
「美堂!」
俺はヤツが嫌いなんじゃなかったのか? あの時はそんなこと考えもしなかった。考える前に逃げろと。――――喉を枯らして必死にアイツを呼んだ自分に驚いた。

二度目に不動を前にした時も同じだ。襲いかかる不動相手に当の美堂は避ける気配がない。
よく見れば美堂の半身は血に染まり、とても避けられる状態ではなかったのだろう。
反射的に奴の前に出ていた。
俺は銀次を助けるために戻ったのであって、こいつを助けるためではない。確実に勝算があった訳もない。
それなのに――――
結果的には銀次を助ける事に繋がったけれど目の前の光景に素通り出来なかった。
どんなに理由を付けても、あの時の行動は計算ではなかった。
元々計算なんざ俺にはできない芸当だしな。
流石にここまでくると自覚せずにはいられない。
認めたくはないが俺はあいつを気に入っているらしい。

 

極めつけは軍艦島。
向かう船の中ではち合わせた美堂はターゲットの護衛の一人に斬りつけられでもしたのか、また右肩を赤く染めていた。よく怪我する奴だ。
挨拶代わりの嫌みを言っても全くの無反応。それ程長い付き合いでもないが違和感が湧く。まるで俺達が目に入っていない。
カチンときた笑師がいつもの調子で立ち去ろうとする奴の前に出た途端、拳が振り下ろされる。叩き付けられた一面が原型を留めない状態なのは見るまでもない。
「笑師! 美堂!! てめぇ!」
奴の本気の攻撃なんか受けた日には結果なんか見えている。
俺はさっき感じた違和感も忘れて笑師を援護すべく走った。訳が分からないまま戦闘に入りそうになったところで、俺の腕の中に意識を失った美堂の身体が倒れてきた。
完全に気を失っている。
そうじゃなきゃこいつが俺のもたれ掛かるなんて事ないだろうが、それでも驚いた。
海水で洗われたウニ頭はストレートに直り、普段俺に向ける険悪な目つきの双眸は閉じ、歳相応の顔が覗いていた。
傍若無人な態度と並はずれた知識に忘れがちになるが、考えてみればこいつは年下なのだ。
普段なら弱味を見せないこいつが、限界だったとはいえ意識を手放す状態を晒す程の信用を俺は得ていたのだろうか。
――――目を覚ました奴は元通り可愛げのない奴に戻っていたけどな。

 

奴にはどういう生い立ちをしてきたんだと呆れる反面どこか放とけない雰囲気がある。
人を小馬鹿にしたような態度をとるくせに、次の瞬間には傷つき酷く頼りな気な表情を覗かせる。一人で全てを背負い込もうとするくせに、本当は誰よりも独りを畏れているのではないか。人一倍高いプライドと天の邪鬼な性格の所為で、大きくなる周りからの期待に意地を張り余計に傷付く。
言ったところで素直に認めるとは到底思えないが、優しすぎるのだ。仲間が傷付くくらいなら自分が常に矢面に立とうとする。時には自らが泥を被ることだってある。
誰よりも傷付きやすく脆いくせに――――。

今なら理解出来る。
どうして銀次が美堂を追って無限城を出たのか。
自分が無限城に与える影響を差し引いても、銀次は美堂を追い掛けずにはいられなかったのではないか。

――――分かる気がした。

「なぜ君までが近づこうとするのか」
くすくすと笑う花月の言葉が蘇る。
無自覚な心の内を見透かされていたのかもしれない。

 

俺はあいつを――――――

 

IL奪還時の蛮ちゃんと士度の遣り取り見てから、どーしても士度蛮が頭から離れないのよ〜ぅ(>_<)勿論、銀蛮がベースなんだけど。っていうか、私元々は蛮銀だったんですけど(-_-;)。
絶対士度って蛮ちゃんの事好きだって!MAKUBEXだって言ってたじゃないですか「士度がおしゃべりになった」って。あれって蛮ちゃん相手だったからだと思うんすよ。そう思いませんか?
でも、士度まどかも応援してるんです。色々ありますね(笑)
作品紹介な感じになっちゃって文才の無さがでてます〜(泣)精進精進。